スリランカ仏教は一般的に上座部と言われる。

これに対して日本仏教は一般的に大衆部と言われている。

上座部は別名小乗仏教と言われ、大衆部は別名大乗仏教と言われるが、

スリランカでは小乗仏教は大乗仏教の蔑称と捉えられているため、上座部という呼称が流布している。

そもそも上座部と大衆部の相違は、自己の悟りを目的としているか、自己を含め他者も悟りに至らしめることを目的としているかに、大別される。


スリランカ人は、日本人と少し親しくなると、『宗教を信じているか?』と質問をしてくる。

『仏教徒』と答えると嬉しそうな顔をするが、他の宗教を答えたとしても、『宗教は大事だ』とまじめに答える場合が多い。

仏教徒は70%、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教の世界四大宗教が信仰の大部分を占める。

しかし、土着の宗教も多く、まさに宗教の坩堝(るつぼ)とも言える。

首都コロンボにキリスト教会が多いことに驚く人も多い。


仏教徒は日曜日に寺院に行く。

三帰依を唱えることを習慣にしている。

ブッダン・サラナン・ガッチャーミ(我*仏に帰依したてまつる)
*お釈迦様
ダンマン・サラナン・ガッチャーミ(我*法に帰依したてまつる)
*法=真理
サンガム・サラナン・ガッチャーミ(我*サンガに帰依したてまつる)
*サンガ=仏教徒の団体

スリランカ仏教は仏教学的には上座部仏教徒とシンハラ仏教に区別される。

上座部仏教は仏陀が実際に話していたパーリ語聖典を忠実に実践する。

シンハラ仏教は民間信仰を取り入れヒンズー教の神々も祭られ庶民の現世的な利益に対応する。

現実的には上座部仏教とシンハラ仏教が融合した仏教となっている。

さて、スリランカと日本の仏教の相違を箇条書きで簡潔に述べる。

・個人の悟り(苦からの解脱)か自他共通の悟りか
・妻帯絶対禁止か妻帯受容か
・男性絶対優位か男女平等か
・カースト制存在か平等か


スリランカではよく目にするが、まだ幼い子が褐色の袈裟装束を身に纏(まと)っていると涙が出そうになる。

この子は一生涯恋をすることが絶対に許されないのだ。絶対に。

元々仏教は世界で初の男女平等の宗教であったが、現実は大きく乖離している。

また、身分を超越して真理に帰依するはずの仏教がスリランカ社会に厳然と存在するカースト制度という社会規範に侵食されているのが現実である。

仏教はもともと宇宙真理のみに帰依し社会通念や規範を超越して、悟りに到達することを目指していたが、現実と理想の隔たりは果てしなく大きい。

お釈迦様の予言した末法の時代そのものと言えるかもしれない。

しかし、スリランカの国全体が穏やかで、スリランカ人に笑顔が多いのは、やはり仏教そしてお釈迦様の力なんだと思います。


上記掲載写真すべてはコロンボのペラヘラ祭りのものです。