今日は、お釈迦様の人となりについて、ご紹介したいと思います。


子供時代はスポーツ万能で何をやっても一番だったようです。

意外なのは、比較的小柄だったとのことです。

仏像等では人物の偉大さを表現するため常に大柄になっています。

生母のお母様がお釈迦様の生後7日でなくなりお父様の後妻に養育されたと知った時から快活な性格から内向的になったと言われています。

死ということを深く考えるようになったのかも知れません。

お嫁様選びでは相撲に優勝した人が当時美の誉れ高かった後の奥様を娶ることができるということになりました。

お釈迦様は見事優勝するのですが、ダイバダッタという親戚を破ったため、遺恨を買い、生涯に亘り、復讐すべき敵と見なされます。

お釈迦様は結婚後は常に出家を考えていたようです。

子供が生まれた時、奥様もお父様もお釈迦様の出家がこれでなくなったと大喜びしたと伝えられています。

お釈迦様はその子の名前を『ラゴラ』と名付けます。

意味は『障り(さわり)』、出家の障りになると思われたのです。


まだ幼い珠のような赤ちゃんと美しい奥様や財産、地位などすべてを捨て、
ある深夜に一人の召し使いを従えて家を出るのです。

屋敷から遠く離れたところで、その召し使いと衣服を交換して、一人乞食となり出家しました。

お釈迦様と別れ、一人屋敷に向かい事の顛末を報告しなければいけない召し使いの痛々しい心境が否応なしに伝わって来ます。

また、出家後のお釈迦様の人となりを次回以降ご紹介させて頂きます。

掲載写真はコロンボの町の至る所に見られる釈迦像です。