僕は昔から完全に犬派であった。




小さい頃僕と同い年のチロという雑種を飼っていたせいもあるかもしれない。

小学生の頃から僕が一家の中でなぜか飼い主となり、いつも犬の散歩を任されていた。

というか、僕がその任を押し付けらていたというべきか。

盲導犬の圧倒的な賢さや人間への無償の愛みたいなものに、僕は尊敬と憧れを持っていた。




だから、自他共に認める犬派であった。

猫に関しては、知的でないし情緒的すぎるし自分勝手だし(その当時の感想)、特に興味もなかった。

つまり完全無欠の犬派であった。




スリランカに来ても、ネットで見る柴犬の愛らしさにいつも感動の涙を流していた。

ところが、僕の家の前に飼われている猫二匹との出会いが僕の心を完全に変えてしまった。

かれらはきれいな白毛のたぶん姉妹の猫だった。

外国人の僕を見ても、外者扱いせずいつも遊んでほしいと可愛らしい目で訴えかけてきた。




夜中に自宅の二階の窓が偶然開いてしまったので閉めようとすると、

恐らく妹と思われる猫が僕と遊びたいので、

地面から駐車している車にジャンプして、

本気で二階の窓まで上がってこようとしている様子が感じられた。

命懸けで僕と遊びたいのだ。




それ以降僕が外出する際その猫姉妹と出会うと、挨拶をしたり、少しだけ遊ぶようになった。

ある日近くを散歩していると、車にはねられた猫が亡くなっていた。

僕の友達の妹の猫だった。

それ以降姉さん猫と懇意にしていた。

3月に日本に一時帰国してスリランカに戻った際、家の前で僕が『ニャーオ、ニャーオ』と鳴くといつもすぐ登場するはずの姉さん猫がいない。

それ以降姿を現さない。

本当に悲しい。

僕はこの二匹の猫ちゃんとの出会いで、なぜか完全に猫派になってしまった。

心の垣根を外すと、猫と人間という枠組みが完全に外れて、心と心の純粋なきづなのみが残される感じがする。

今僕は猫ちゃんと心の交流がしたい。

日本に帰ったら、是非子猫を飼いたい。

外には出さず、屋内で安全に幸せに暮らしたい。